
H.Tさん
国際事業本部 国際事業部 オセアニアグループ ※所属は取材当時 2012年度入社
~日本での経験を活かしつつ、未経験の領域にも挑戦。オセアニア地域で住宅開発の体制構築を目指す。~
現在は、国際事業部のオセアニアグループにて、主にオーストラリアでの用地仕入れと開発業務に従事しています。担当している主なプロジェクトは、メルボルンのBTR(賃貸マンション)とシドニーのBTS(分譲マンション)。どちらもオーストラリアのレンドリース社と共同開発している案件です。
マンション開発の基本的な工程は、日本とオーストラリアで大きくは変わらないため、日本での経験が活かされています。たとえば工期遅れに対するリスクヘッジは、私の強みを発揮できる仕事の一つです。オーストラリアは日本に比べ、工期の遅れに対して寛容な文化があります。その文化を理解しながらも、遅れを取り戻すための対応策を考えるのが私の役割です。
一方で、日本とオーストラリアの住宅開発で大きく異なる点が、資金調達の方法です。日本ではデベロッパーが自己資金を投入して開発を進めるのが一般的ですが、オーストラリアではプロジェクト単位で銀行からローンを借りて資金を調達するのが主流です。
プロジェクト単位での資金調達は、私にとって未経験の領域であり、大きな挑戦でもありますが、融資条件の判断についてはレンドリース社と当社が連携しながら進めています。
当社のスタンスとしては、提案に対しイエス/ノーを返すだけでなく、現場の状況を見極めながら積極的に開発へ関与する姿勢を大切にしています。最終的には、当社単独でもオセアニア地域で住宅開発を進められるような体制構築を目指しており、そのための知見を一つひとつ積み重ねているところです。

N.Yさん
都市事業本部 都市事業用地部 情報開発第二グループ ※所属は取材当時 2023年度入社
~絶対に逃さないという執念。
日々の関係構築がたぐり寄せたホテル開発用地。~
昨年、大阪の日本橋でホテル開発用地を取得することができました。当時の私は社会人2年目。サブ担当として先輩に同行しながら、初めて本格的に用地仕入れに携わった案件です。
この土地は、「大阪の日本橋といえばここ」と言われるほどの象徴的な立地で、多くの不動産会社が狙っていた場所です。ところが、商流が二転三転しており、キーマンにたどり着くのが非常に難しいと言われていました。そんな中、取引先との関係をたどっていったところ、思いがけずキーマンにたどり着くことができたんです。
キーマンにアプローチできたのは、偶然のラッキーパンチだったのかもしれません。でも、日頃からのリレーション構築があったからこそ、チャンスをつかみ取ることができました。そして何より、担当者の物件を逃さない粘り強さと集中力が、成果をたぐり寄せたのだと感じています。
当社は経営層との距離感が近いため、ここぞという時はアクセルを踏み、スピード感のある意思決定ができる会社です。この土地に関しては、会社としても「絶対に逃さない」という攻めの姿勢であったため、間髪入れずに取得に踏み切ることができました。
この案件を通して、改めて「足で稼ぐこと」の大切さを痛感しました。社会人2年目の私ができることは限られているかもしれません。どうやったら貢献できるかといえば、足で情報を取ってくること。大阪の日本橋の案件でも、事業化という目標に向かって、あらゆるルートをたどりながら情報を取りに行きました。
売主さんに会いに行くために大阪に通った回数も、数えきれないほどです。多い時には週に2回出張したこともありましたね。本当に「絶対逃さない」という執念が、行動にも表れていたと思います。
こうした一歩一歩が実を結び、最終的には当社の旗艦物件になり得るような土地を仕入れることができました。キャリアの初期段階で、これほど中身の濃い経験を積めたことは、私にとってかけがいのない財産になっています。

I.Hさん
住宅事業本部 販売統括部 販売推進第一グループ ※所属は取材当時 2018年度入社
~自ら販売現場に立ち、お客様と向き合う。
マンションを売るだけではなく、「リビオ」のブランドを好きになってもらいたい。~
昨年に販売した『リビオ亀有ステーションプレミア』の販売活動では、私自身が販売現場に立ち、接客をおこないました。本物件は、自社販売体制を導入した直後の案件。物件の魅力を社員自らの言葉で伝えることで、お客様に「リビオ」ブランドのよさを理解していただく、そんな狙いもあり始まった物件でした。
もともと「販売現場に立ちたい」という希望は、自社販売が導入される以前から上司に伝えていました。普段は販売会社の方々に対して、高値追求や契約戸数などの目標達成をお願いする立場。ただ、現場を知らないままお願いすることに、どこか後ろめたさを感じていたんです。自分が販売現場に身を置くことで、お客様のリアルな気持ちや温度感を知り、自分事として捉えたいという想いがありました。
実際に現場に立ってみると、思った以上に学ぶべきことや準備すべきことが多かったですね。住宅ローンなど専門的な知識も必要なので、短い期間で勉強しながら、それぞれのお客様のニーズに沿ったご案内ができるよう準備しました。
最初は成果が出ない時期もありましたが、周囲の上司や先輩方が膨大な知識と数多の経験に基づくアドバイスをくださり、長時間の接客練習に付き合っていただくなど、多くの支えがありました。ようやく1件目の契約が決まり、最終的には3件の契約を獲得できました。この成果は決して自分一人の力ではなく、周囲の方々の支えがあってこそ成し遂げられたものです。苦しい時期もありましたが、あの経験があったから、今の自分があると感じています。

M.Mさん
事業共創本部 地域創生部 室蘭事業所 ※所属は取材当時 2018年度入社
~室蘭市初出店の大型店舗開発プロジェクト。ラジオイベントで開業への期待感を醸成。~
『モルエ中島』の第4期となる新街区・店舗開発プロジェクトは、室蘭事業所に赴任してから、一人でやり切った案件です。出店されるテナントは東京ではメジャーですが、室蘭市では今回が初出店。地元としても「ぜひ来てほしい」という期待感が高まる中で、商業施設の開発が初めてだった私には数多くの挑戦がありました。
モルエ中島では毎年顧客アンケートを実施しており、「今後来てほしいテナント」を必ず設問に入れています。そこで上位に挙がったテナントや業種を積極的にリーシングしており、今回のテナントも常に上位にランクインしていた人気店でした。
私はテナントとの条件交渉のフェーズから業務を引き継ぎ、賃料や契約期間、工事負担の区分などを調整。契約を結んだ後もテナントやゼネコンと協議を重ね、設計や建築費の詳細を詰めていきました。
開業に伴う店舗集客や、商業施設全体のイベントを考える販売促進も、私の仕事です。今回のテナントが開業するにあたり、「地域住民に広く告知するにはどうしたらいいか」を考えた結果、店長さんを招いて情報発信するラジオイベントを企画しました。
ラジオイベントでは、店舗の特徴や出店の経緯、商品ラインナップなど、店舗やそこで働く人のエピソードを深掘りする内容にしました。こうした情報を発信することで、地域とテナントの距離が縮まり、開業の期待感を高められると考えたのです。
この企画を会社に提案したところ、「面白そうだからやってみよう」と前向きに受け止めてもらえました。現場からの「これが必要だ」という声を尊重し、挑戦を応援してくれる点は、当社らしくて良いところだと思います。
実際にラジオイベントを実施すると、地方ならではの距離感を活かして、多くの住民に情報を届けることができました。私自身も出店者の想いを知る貴重な機会となりましたし、オープン前にお客様の楽しみを膨らませるイベントになったと実感しています。

I.Sさん
住宅事業本部 再開発推進部 再開発推進第二グループ ※所属は取材当時 2019年度入社
~当社の本拠地・赤坂で挑む再開発。
2年半経った今も、毎日が初めての連続。~
『赤坂七丁目2番地区市街地再開発事業』は、約15年前から地域の方々と向き合いながら進めてきた案件です。当社は赤坂に拠点を置く企業として、本プロジェクトを非常に重要視しています。『リビオタワー品川』に続くフラッグシップとなり得る案件として、私がそのバトンを受け継ぎ、前進させているところです。
もともとこの地区は、老朽化した旧耐震基準のマンション3棟や独立家屋からなる約1.2haの区域でした。それぞれ別々での建替えが検討されていましたが、土地活用など地区全体の共通課題を解決するために、単独ではなく街区全体での再開発という方向性に至りました。
再開発事業の統括は当社が担っていますが、設計・商品企画・販売などの統括は他社が幹事を務める共同幹事型の案件で、極めて珍しい体制です。多くの関係者が関わる中、案件としても非常に難易度が高く、担当してから2年半が経過した今でも初めての連続です。
私は幹事会社の主担当として、全体の筋道を立て、関係者の調整を進める役割を担っています。たとえばトラブルが発生した場合はその原因を分析し、対応策やリスクヘッジを検討したうえで、地権者や事業関係者とともに意思決定を進める"橋渡し役"を果たしています。
正直、私自身の経験や知識が十分とは言えず、もどかしさや不安を感じることも多いです。ただ、自分がこのプロジェクトの主担当としてふさわしくないとは思っていません。「会社からプロジェクトを任せてもらっている」という自覚があるからこそ、わからないを言い訳にせず、社内外の知見を積極的に吸収しながら最善の方針を考え抜くよう努めています。

U.Mさん
都市事業本部 ビル事業第三部 事業グループ ※所属は取材当時 2024年度入社
~BIZCORE飯田橋の商品企画では、ラウンジに飾るアートを専門学生と共同制作。~
今までで一番思い出に残っているのは、入社1年目で担当した『BIZCORE飯田橋』の商品企画です。共用部の商品企画では、テナント専用ラウンジに専門学生とコラボして制作したアートを設置しました。
テーマは「オフィスワーカーの憩いの場となるアート」。細かい設定はあえて設けず、学生の自由な発想を尊重しました。約20人の学生にそれぞれ作品を制作してもらいますが、最終的に展示するのは1作品だけ。その審査は非常に責任の重い仕事でしたが、学生が納得できるよう、進め方に工夫を凝らしました。
専門学校の先生からは「こういう授業はよくあるし、学生も落とされたからといって気にしない」と言われましたが、ただ「選ばれませんでした」と伝えるだけでは、彼らの将来につながりません。直感的な好みではなく、実現可能性などの評価軸を設け、フィードバックも丁寧におこなうことを心がけました。
審査は、2段階に分けて進行。まず学生全員に作品に込めた想いやコンセプトをプレゼンしてもらい、その内容を理解した上で評価し、5作品に絞り込みます。選ばれた5作品の学生には「次回までにここをブラッシュアップしてほしい」と具体的なフィードバックを伝えました。
最終審査では、幕張メッセの展示会で5作品を評価し、実際に設置する1作品を選定。採用された作品だけでなく、採用に至らなかった作品のレビューも行い、学びにつながるよう配慮しました。制作と審査を合わせると半年にもわたる長い期間の中で、学生と共に価値ある作品を生み出すことができたと感じています。

Y.Sさん
ロジスティクス事業部 運営管理グループ ※所属は取材当時 2024年度入社
~入社数カ月で都内最大級の物流施設を担当。まちびらきイベントを通じて、地域とのつながりを育む。~
『MFLP・LOGIFRONT東京板橋』は、延床面積25万㎡超にもおよぶ都内最大級の物流施設で、当社の物流事業を代表する旗艦物件として位置づけられています。私は竣工3カ月前から本物件にジョインし、竣工に向けた準備をはじめ、竣工後の管理まで幅広く携わっています。当時の私は入社して数カ月という新人で、先輩や上司の背中を見ながら、業務に取り組んでいました。
竣工前後は、管理契約のとりまとめや、ゼネコンからの物件引き渡しに向けた書類の準備などに奔走しました。契約と発注が短期間に集中し課題が山積していたので、やるべきことをリスト化。多いときには関係者と週3〜4回集まりながら、進捗確認や方針整理をコツコツ進めました。竣工後1年が経過した今も課題は残っていますが、関係者との協議を重ねながら、より良い運営体制の構築に向けて日々奮闘中です。
これらの業務と並行して私が挑戦したのは、地域住民の方々に施設をお披露目する『まちびらきイベント』の企画です。物流施設ができると、騒音が出たり交通渋滞が起きたりして、地域住民の方にご迷惑をおかけすることもあります。実際に施設内を見ていただくことで、物流施設に対するネガティブなイメージを払拭しつつ、先進的な施設ができることを伝えたいという想いから企画しました。
特に入念な準備を重ねたプログラムが、施設見学ツアーです。自ら案内役を務めるにあたり、「自分たちでつくった施設を、自分自身がきちんと理解していなければならない」と強く感じ、施工者や設計監修の方々に事前にいろいろとレクチャーしていただきました。
施設見学ツアーでは安全面の配慮も欠かせません。小さなお子様も来場されるので動線や設備の確認を徹底し、安心して楽しんでいただけるよう工夫を重ねました。また、施設の魅力を伝えるだけでなく参加者が飽きずに楽しめるよう、トーク構成や演出にもこだわりました。中でも好評だったのがミニチュアのフォークリフト乗車体験。子どもたちの笑顔が見られ、会場は大いに盛り上がりました。
結果として約3,000名もの地域の方々にご来場いただき、大盛況のイベントとなりました。準備は大変でしたが地域とのつながりを実感できる貴重な機会となり「やってよかった」と心から思える経験でした。

K.Tさん
事業共創本部 事業共創第二部 ※所属は取材当時 2023年度入社
~きっかけは、街中で見かけた工事看板。自らの営業活動で、新しいプロジェクトが動き出した。~
担当案件の中で一番心に残っているのは、ある事業法人様の分譲マンション事業の進出検討をサポートした案件です。このお客様は今後不動産事業に力を入れていく方針があり、自社の敷地で分譲マンション事業を展開したいというご意向でした。
この案件が動き出したきっかけは、私が街中を歩いていた時にふと見つけた解体工事現場の看板。そのお客様が自社の建物を解体していることを知り、今後の活用提案ができないか上司に相談してみたんです。
このお客様とはかねてからお付き合いがあり、上司のつてで詳しくお話を伺うことができました。すると、私が見つけた現場とは別の土地で、「分譲マンション事業を展開できないか」と。当社は分譲マンションの開発実績もあることから、共同事業も視野に進出検討をサポートすることになりました。
自身の営業活動をきっかけに先方から相談を受けたという経緯もあり、指導担当の先輩と上司に直訴して、主担当として任せてもらうことになりました。
当時の私は入社2年目で、分譲マンション開発の知識もゼロの状態。しかし相談してくださるお客様にとって、それは関係のないことです。2年目であろうと10年目であろうと、日鉄興和不動産の提案である以上、どんな質問にも的確に答えられるよう準備しなければなりません。そのため、住宅事業本部の先輩に何度も教えを請いながら、提案内容を組み立てていきました。
私の部署は若手が少なく、2年目の私のすぐ上は10年目の先輩。周囲には不動産開発の経験が豊富な方が多い中で、自分にはそのバックグラウンドがない。でも、それを理由に「やっぱり頼りないな」と思われるのは悔しかったんです。相手に信頼されたいという一心で、がむしゃらに取り組みました。

K.Yさん
住宅事業本部 賃貸住宅部 ※所属は取材当時 2019年度入社
~異動半年で、一棟改修工事に挑戦。独自のルールを読み解きながら、最適解を模索した。~
これまでで一番想い出に残っているのは、担当物件の一つ『ホーマットエイボン』の一棟改修プロジェクトです。当社が所有しているホーマットシリーズの物件は、築30年くらいのタイミングで規模の大きな改修をおこなうのですが、本物件は個人オーナーが所有していたこともあり、築38年に至るまで修繕工事のみ。オーナーチェンジを機に、共用部・専有部の仕上げを剥がして、設備・配管も取り替える一棟改修に取り掛かりました。
このプロジェクトは、私が主担当を務め、グループリーダーと部長が上席に立つという少人数体制。現在の部署に異動してまだ半年ほどのタイミングでしたが、主担当として裁量を持って仕事ができたことは、非常にありがたい経験です。
これまで高級分譲マンションの開発に携わってきたこともあり、改修に関するアイディアは多く持っているつもりでした。しかし、外国人向け高級賃貸住宅には、日本人向け住宅にはない独自のルールが存在します。そのルールを理解せずに自分のアイディアを発信しても、長年一緒に事業をしてきたビジネスパートナーから信頼を得られないだろうと感じました。
そこで私は、ビジネスパートナーの協力を得ながら、情報のキャッチアップに努めました。たとえば設計担当の方に参考になりそうな物件を尋ねたり、仲介担当の方にエクスパッツの方々が家探しで重視するポイントをヒアリングしたり。そうやって各社との信頼関係を築きつつ、「自分のアイディアが発信すべき価値あるものかどうか」という判断軸を定めていきました。
日本人向けの高級分譲マンションは3LDK〜4LDKで60㎡~90㎡程度が一般的ですが、外国人向け高級賃貸住宅は同じ間取りでも160㎡〜240㎡が必要とされます。それに、ホームパーティーが日常的におこなわれる文化なので、玄関とリビングだけで50㎡~70㎡も確保されているんです。知れば知るほど、日本人とはライフスタイルや空間の使い方が全く違うことに驚きました。そして、その違いが住宅に落とし込まれ、独自のルールを形づくっているのだと気づきました。

I.Hさん
事業開発本部 事業開発第一部 2018年度入社
ー 若くして大規模案件を担当しているにもかかわらず、気負ったところがないですね。
会社の文化、風土に助けられているところが大きいと思います。私は前部署で『BIZCORE』の開発に従事していたのですが、新しいビルを建てるために既存ビルの退去対応を入社1年目で任されました。そもそもデリケートな難しい業務であるうえ、向き合う相手もお客様として入る企業の社長さんだったりすることも多いので、自分が担うのは会社にとってもかなりリスキーだと思ったのですが、この会社は社員を育てるためなら、そうしたリスクを取ることをいとわないんですよね。また、入社2年目には新しいビルの企画・開発に携わったのですが、隣のテーブルから当時リーシング中の別の『BIZCORE』に対する改善点が聞こえてきたので、私は目の前の図面を勝手に書き換え、一緒にプロジェクトを進めていた先輩に「この方が商品性も高くないですか?」と相談してみたんです。そうしたらトントントンと話が進んで、今、その図面通りにビルの建設が進んでいます。
ー 自信につながりましたか。
自信にもなりましたし、何よりチャンスを自分から掴みに行けば、いくらでもその機会が転がっている会社なのだと知りました。だから仕事がどんどん面白くなっていきましたし、できることもどんどん増えていきました。ご推察の通り、オフィスビル事業はコロナ禍を受けて大きな転換点を迎えています。コロナが収まったとしても、以前のようなフル出社の状態に戻るとは考えにくいことから、これからのオフィスビルにはその場に来る意味を持たせないと、お客様からも選ばれにくくなると思っています。こうした状況を前に、当本部の人たちはといえば、パラダイムシフトを起こせるくらいのチャンスと捉え、多岐に亘る議論を前向きに進めています。ビル事業はいま、めちゃくちゃ面白い局面にあると感じています。
※所属は取材当時

O.Sさん
国際事業本部 アジア事業部 2006年度入社
ー 国内事業と比べると、海外事業というのはやはり勝手が違うものですか。
違いますね。ことミャンマーにおいては、開発物件のスペックからして国内とは異なります。日本はすでにインフラも整っていますが、ミャンマーはこれからの国。そのため開発を進めているサービスアパートメントも、レストランやジム、スパといった多様な施設、サービスを用意し、施設内で生活が完結できるくらいにしておく必要があります。分かりやすく言えば、長期滞在者向けホテルのようなイメージですね。蛇口をひねると茶色い水が出るような貧弱な社会基盤のうえに、いかにして先進国と同等の暮らしを送れる施設を実現するか、細部まで気が抜けません。それにデベロッパーにとって最大の困難として立ち塞がるのが、現地当局との行政折衝です。許認可一つ取るにしても、そのための書類を作成するにしても、法整備が進んでいない彼の国では行政手続きがスムーズに運ぶことはあまりなく、暗礁に乗り上げる度に担当者と直接、粘り強く交渉していく必要があります。結果、非常に手間と時間を要し、こちらが想定しているスケジュール通りには事が進まず、たとえばコスト管理がそうであるように悩みの種には事欠きません。
ー なかなか一筋縄ではいかないようですが、事業部の皆さんはどのように対処されているのですか。
同業他社は、土地の取得や行政との折衝といった部分をローカル企業に一任することで、海外展開を進めていますが、当社は事実上ゼロから自社独自で開発を推進してきました。現在、私が担当しているリーシングに関しても、日系企業はもちろんのこと、当建物のお客様となる外国企業、そして非日系仲介会社に対しても、私自らが直接アプローチしています。慣れない土地でこうした事業スタイルを貫くことは、短期的に見れば確かに非効率に映るかも知れません。しかし、長期的に見れば自社に知見やノウハウが蓄積され、何より現地当局や現地企業のキーパーソンとの強固な信頼関係の構築へとつながります。それだけに私たちとしても、単に不動産ビジネスによる交流だけでなく、たとえばミャンマー風にデザインされた着物を制作してお披露目会を開いたり、現地大学とロゴコンペティションを共催したり、日本酒の普及活動を進めたりと、ミャンマーという国や国民の皆様との関係構築に意欲的に取り組んでいます。
※所属は取材当時

W.Kさん
営業推進本部 営業推進第一部 2016年度入社
ー 土地の確保については、どう進めていったのですか?
「北関東」で「数万坪」という条件でリサーチしていくなかで、ある法人の所有者様に辿りついたのですが、売却の意向がまったくなかったことから、交渉が必要となりました。また、お客様の工場では原料や半製品がちょっと特殊だった事情もあり、行政との調整も必要でした。それを私が一手に引き受け、話を進めていきました。所有者様に対しては、お客様が信頼に足る企業であるといった計画の蓋然性や、土地を売却することの経済合理性を根気強く説明しました。また、行政とは建設許可をもらうための条件を、規制やルールに基づき一つずつ摺り合わせていきました。こうした取り組みが報われ、所有者様にも同意をいただき、行政からも許可をもらうことができました。うれしかったのは、お客様から感謝されただけでなく、本件については雇用創出や賑わい創出といった地域貢献にもつながったことから、所有者様からも行政からも感謝されたことでした。そして気づけば、土地代だけでも数十億円規模、上物を合わせれば数百億円規模のビッグプロジェクトの成立ということで、デベロッパーならではのビジネスに仕立てることができました。
ー そうした経験を踏まえ、今後のキャリアプランをどう描いていますか。
一つ考えているのが用地取得業務です。営業の仕事は、お客様への提案資料の作成と実際のプレゼンテーションが成果を大きく左右しますし、この2点については私自身、かなりこだわって仕事をしています。不動産というのは会社の重要資産ですので、最終的には担当者だけでなく、社長、副社長といった人たちに対しても説明しなければならない局面が必ず来ます。経営層に対しては、「要は何なのか」という核心を明確なエビデンスに基づき過不足なく伝える必要があり、質問に対しても即答できるだけの準備が欠かせません。こうした一連の営業力をはじめ、その土地に何をどうつくっていくことが関係するすべての人の満足を最大化できるかといった構想力、そして私個人の人間力など、これまでに培ってきた資質、能力を発揮していけるのが用地取得業務だと考えています。自分の実力がどれほどのものか、現業務と同様、持てるすべてをぶつけて勝負したいと思っています。
※所属は取材当時

H.Tさん
企業不動産開発本部 ロジフロント事業推進第部 2009年度入社
ー 入社当時、配属についてはどちらを希望しましたか。
社有地を軸にしたエリア開発を行っている部署が希望でした。花形なイメージがあり、「自分も街の発展に貢献するような面開発に携わり、エリアの価値を向上させる仕事を担当したいです!」と言いましたが、実際に配属されたのは住宅の開発部門でした(笑)。でも、最初の配属で住宅開発に携わったことで、プランニングから販売にいたるまでプロジェクトの川上から川下までを短期間で何回も経験することができたのは、今の自分にとってかけがのない経験になりました。本社が入る『赤坂インターシティAIR』のような再開発プロジェクトが完成するのには10年単位の時間がかかりますが、単独の住宅開発は1~2年で完結する回転率の高い事業であり、自分をどんどん成長させることができたと感じています。
ー 次の部署はどのように配属が決まったのでしょう。
そこは希望が叶いました(笑)。住宅の開発推進を担当した経験から、不動産事業の大きな要素は、プレイス(立地)、プライス(価格)、プラン(計画)だと言われる場面によく遭遇し、特にプレイス(立地)の重要性を感じることが多かったこともあり、用地の仕入れをやってみたいと希望を出しました。単純にそこで働く人たちが格好良く見えていたこともあったと思います。ただ情報を取ってくればいいものではなく、その土地の価値を最大化するために考え抜いて事業を企画・立案し、社内外を調整していくという仕事です。傍から見ていて面白さや魅力を感じたんですよね。自分もそこに携わってみたいと。とても大変でしたが、とてもやりがいを感じて仕事をすることができ、自分の成長を感じながら充実した時間を過ごすことができました。
ー 今の部署への配属はどうだったでしょう。
必ずしも希望していたわけではありませんが、用地仕入れの仕事を軸にして今後のキャリアを積んでいきたいというなか、物流不動産という当社としても新たな事業分野への配属を命じられました。従前の部署でとても充実して仕事をしていたので、びっくりはしましたね(笑)。当時の本部長に「新たな分野に携わることで幅を出して、視野を広げてさらに成長してほしい。」という言葉と「幅を出したり視野を広げたりすることとは相反するのだけれど、次の仕事も向いていると思う。頑張れ。」と言われたことをよく覚えています。
※所属は取材当時

W.Kさん
事業開発本部 事業開発第一部 2010年度入社
ー 現在は、赤坂インターシティにほど近い場所で、ホテルオークラ東京本館の建替事業に関わっていらっしゃいますね。
はい、ホテルオークラの旧本館には50年ほどの歴史があり、2015年の夏に閉館しました。私は2014年の10月頃からこのプロジェクトに携わっていて、今は2019年の竣工をめざして建替事業を進めているところです。ホテルオークラを担当できると聞いたときは、本当に嬉しくて。なにしろ設計チームにいらっしゃる谷口吉生先生は、私が日本で一番好きな建築家なんです。
実際の業務としては、まさに今さまざまなことが進行中で、私は安定的に収益を上げられる事業計画づくりに取り組んでいます。その一環として、リーシングの戦略構築なども行っているのですが、前の部署ではリーシング業務に携わっていたので、その時の経験も活かすことができています。
ー 喜びややりがいも大きいと思いますが、もちろん大変なこともありますよね。
このプロジェクトは、ホテル側の担当者に加えて、ゼネコン、設計会社など、さまざまな関係者と関わりながら、全員のベクトルを合わせていかなければいけません。関係者が多いだけに、その調整には一番苦労していますね。全員、立場が違いますから、ときには利益が相反する部分も出てきます。そんな時、お互いにとって納得できるポイントを見つけていくことが重要なんです。ただ、今はそれ以上に竣工の姿を目にするのが楽しみで仕方ないですね。それを考えていると困難な場面もモチベーション高く乗り越えられます。
ー 今の目標は、やはりホテルオークラ東京本館の竣工でしょうか。
そうですね。私が事業開発第一部に異動して初めて担当した案件がホテルオークラというのは、すごくありがたいことです。こんなに人々の記憶に残るような開発に携わるチャンスは、めったにありませんから。もともとものづくりが好きでこの世界にきたので、自分の携わった建物を竣工まで見届けられたら、自分にとって本当に良い経験になると思います。ホテルオークラの建替えを成し遂げた後も、学んだことを活かして新しい開発に取り組んでいきたいですね。
※所属は取材当時

K.Sさん
住宅事業本部 事業創造部 2018年度入社
ー デベロッパーをめざしたきっかけは何だったのですか。
就職活動のわりと早いタイミングで、当社の街づくり体感ワークに参加したのがきっかけでした。このときデベロッパーの働き方って、サッカーと一緒だなと思って。私もサッカー漬けの日々を通じて、いろんな思いや考えを持ったメンバーをどうやって一つの方向にまとめていくか、みたいなことをずっとやってきただけに、デベロッパーもまったく同じなんだなと、働くイメージがすごく湧いてきたんです。
ー 今はどのような仕事をしているのですか。
マンションの開発です。分譲マンション、賃貸マンション、学生マンションの3つで、これまでに10数物件、関わってきました。分譲マンションにおいては、まずは立地の強み・弱みの整理、ターゲットの設定、ターゲットに向けたコンセプトメイクをして、デザインや間取りなどを考えます。次にそれを設計会社さんにお伝えし、建築の条件に適った図面に起こしてもらいます。そして上がってきた図面をもとに、建設会社さんと工事の調整をし、工事費が決まったら仕事も終わり。そんな流れとなっています。
ー 今後、どのような仕事をしていきたいですか。
開発の仕事は、一つのプロジェクトごとに関係会社さんとチームを組んで仕事ができることがすごく楽しいので、ずっと続けたいと思っています。ただ、お話しした最初の物件については、その用地を取得したのが一つ上の先輩で、この先輩が「この場所だったら、こういうものがハマるんじゃないか」という大枠をつくってくれたからこそ、お客様からの評価につながる物件に仕立てることができました。そして、それぞれの土地を前にして、どんな事業形態、商品構成が最適解なのかを考えながら事業をつくっていく用地の仕事あってこそ、だということも知りました。チャンスがあれば用地の仕事も経験してみたい、今はそう思っています。
※所属は取材当時